テレビドラマシリーズANNE WITH AN "E"『アンという名の少女』を紹介するNHKのページの充実度がすごい。IMDbでも紹介されているtriviaを更に丁寧に解説して、このドラマの魅力の奥深さを、じっくり教えてくれる。
そんな素晴らしいトリビアに導いてくれたのは、マリラがアンの16歳の誕生日に作ったこの↓ケーキ。
あまりにもチャーミングで画像保存したくなったのが、きっかけだった。原作のアンは誕生日が5月であれば良かったのにと嘆くが、こんな素晴らしいケーキを贈られたら3月に生まれて良かったと思わずにいられないだろう。スノードロップを見るたび、アンのケーキ(ケーキを差し出す前のマリラとマシューのソワソワと幸せな表情も!)を思い浮かべて心がぽっと温かくなる。中央の花がヒアシンスらしいことに気づいて更にケーキが香り立った。
アンの原作をダイヤモンド原石として、素晴らしいカットと磨きでゴージャスな煌めきを与えてくれた、このドラマシリーズに心からの感謝を捧げる。
そのトリビアでL・M・モンゴメリがブロンテ三姉妹の愛読者であったことを知った。シャーロット・ブロンテ『ジェーン・エア』と『赤毛のアン』にはたくさんの共通点があるという。
早速、Audio BookでJane Eyreを聴くことにした。Jane Eyre10才が遭遇する児童虐待の酷さに胸を痛めながらJaneの成長を見守る。孤児、偽名で名乗ること、石板、友の死、就職、自然描写、紆余曲折の恋など、モンゴメリがアンの物語に用いたモチーフが見つかる。だがモンゴメリを何よりも惹きつけたのは、19世紀の英国の家父長的な社会体制の中で求められている女性像を超えようと強い向上心を持って生きるJainの逞しさと宗教観だったのではと思う。
ブロンテ姉妹がいずれも男性の名を用いて作品を発表した時代背景を考えると、遺産相続のお陰で、誰の庇護も仕事の必要性もなくなり、自己決定権を獲得してRochesterと再会することの意味は、お姫様物語やラブストーリーを超えている。Janeの "I am an independent woman now."の誇らかな悦びに満ちたセリフが燦然と煌めく。
生徒として学んだLowood校で教職に就き、やがて見聞を広めるためThornfield屋敷の家庭教師へ転職。生徒Adèleはフランス語を母語とする少女。屋敷の主人Mr. Rochesterは機知に富むが、現在なら間違いなく犯罪者。精神を乱した妻を監禁し、重婚を図るなど許し難い。だがJaneの本質を見抜き理解し、ずっと帰属場所を持たずに生きて来たJaneに"wherever you are is my home—my only home"と言わすほど彼女の心の拠り所となる。Rochesterの妻の存在が明るみにされ結婚式が中断してJaneは辛い別れを決意して屋敷を出る。そして彷徨い野宿し食べるものを乞い衰弱したところを牧師と姉妹に助けられ再び教職にも就く。やがて叔父の遺産を受け取って転機が訪れる。仕事を辞め、Thornfieldを訪ね、火災でRochesterは大怪我をし妻は亡くなったことを知る。そして結婚。波乱に満ちたJaneの物語は、終章まで読者をハラハラさせっぱなしだった。
ところで、ANNE WITH AN "E"シーズン1の各エピソードタイトルはCharlotte Bronte "Jane Eyre"(1847)の引用とのこと。トリビアに示されている章を参考に、原文と照らし合わせてみた。
第1回、第2回 「運命は自分で決める」 Your Will Shall Decide Your Destiny
第3回 「私は罠にはかからない」 I Am No Bird, and No Net Ensnares Me
この2つは第23章でRochesterがJaneに求婚するシーンに現れる。Rochesterが他の令嬢と結婚すると思い込んでいるJaneは、Rochesterに屋敷に留まるように言われ、出ていくと頑なに主張する。
“Jane, be still; don’t struggle so, like a wild frantic bird that is rending its own plumage in its desperation.”
“I am no bird; and no net ensnares me; I am a free human being with an independent will, which I now exert to leave you.”
Another effort set me at liberty, and I stood erect before him.
“And your will shall decide your destiny,” he said: “I offer you my hand, my heart, and a share of all my possessions.”
第4回 「若さとは強情なもの」 But What Is So Headstrong as Youth?
22章でJaneが伯母の葬儀を終えて屋敷が近づくにつれ嬉しさと切なさに包まれる。Rochesterが結婚すれば、屋敷を出ていかなければいけない。
でも、「若さとは強情なもの」 たとえ片想いであってもRochesterと過ごせる残り少ない時間を満喫しようと帰路を急ぐ。
But what is so headstrong as youth? What so blind as inexperience? These affirmed that it was pleasure enough to have the privilege of again looking on Mr. Rochester, whether he looked on me or not; and they added—“Hasten! hasten! be with him while you may: but a few more days or weeks, at most, and you are parted from him for ever!” And then I strangled a new-born agony—a deformed thing which I could not persuade myself to own and rear—and ran on.
第5回 「宝物は私の中に」 An Inward Treasure Born
19章で女性占い師に扮したRochesuterがJaneの顔占いをしてJaneの心の内を代弁する;
「自尊心と状況が求めれば一人で生きられる。幸福のために魂を売ることはできない。「宝物は私の中に」。外から来る悦びが阻まれようが得がたいものであろうが私の中の宝こそが生きる糧だ」と語っている、と。
… brow professes to say,—‘I can live alone, if self-respect, and circumstances require me so to do. I need not sell my soul to buy bliss. I have an inward treasure born with me, which can keep me alive if all extraneous delights should be withheld, or offered only at a price I cannot afford to give.’
第6回 「固く結ばれた糸」 Tightly Knotted to a Similar String
第1回、3回のタイトルと同じく第23章のRochesuterの求婚シーンで、Janeの誤解をそのままに、「固く結ばれた糸」を感じると意味深なことを言う。
“I sometimes have a queer feeling with regard to you—especially when you are near me, as now: it is as if I had a string somewhere under my left ribs, tightly and inextricably knotted to a similar string situated in the corresponding quarter of your little frame.
第7回 「後悔は人生の毒」 Remorse Is the Poison of Life
第14章、RochesterがJaneと話す場面。18歳の頃はどんな風だったかというJaneの問いかけにJaneのように無垢だった、と答える。
が、後に犯した失敗を悔いている。そしてJaneに、不正に惑わされた時には後悔を恐れよと言う。「後悔は人生の毒」だと。
Dread remorse when you are tempted to err, Miss Eyre; remorse is the poison of life.
第8回 「あなたがいてこそ我が家」 Wherever You Are Is My Home
第4回のタイトルと同じく第22章。伯母の葬儀を終えてThornfieldに帰りつくと戸外に居たRochesterに声をかけられる。
Janeは衝動的に「あなたがいてこそ我が家」とRochesterのもとに帰って来た悦びを伝える。
“Thank you, Mr. Rochester, for your great kindness. I am strangely glad to get back again to you: and wherever you are is my home—my only home.”
続くシーズン2各話の副題はジョージ・エリオット『ミドルマーチ』、シーズン3はメアリー・シェリー『フランケンシュタイン』からの引用とのこと。いずれも19世紀イギリスの女性作家の小説だ。
ケーキから教わったこと、もう一つ。
マリラを演じるGeraldine Jamesが古くはGandhi (1982)に最近ではDownton Abbey (2019)で女王を演じた人だと。素敵なGeraldine Jamesがマリラの魅力を最大限に引き出してくれる。